味な旅・福島 その2

9月21日(金) 2日目

10時半にロビーに集合。大木から上演についての詳しい説明を受ける。要約すると、

・4つのシーンのそれぞれに市内の1箇所をあてる。つまり合計4箇所で上演する。

・盲目の観客は個人としては存在しない。

2つ目についてはやっぱりという感じ。「盲人の眼差しとは、つまり不在の観客からの眼差しということなんです。誰にも見られないからこそ、私たちは劇を上演しなければなりません」みたいな超論理をこの期におよんで展開していた。が、不思議とそういうものかなという気持ちになる。福島に来てしまった時点で勝負はついていたのかもしれない。

 

ホテルを出て、各上演場所でリハーサルをすることになった。雨が降ったりやんだり、すっきりしない天気。

 

第一場は阿武隈川の河原。川に面して小さな公園があり、その一角に建つあずまやを控えの場所にする。公演のすぐ隣は福島県庁。

公園のある側の岸からスタートして、対岸まで長い鉄橋をゆっくりと一列で渡ってゆく。能の橋掛かりのよう。向こう岸に着いたら、アンティゴネーとイスメネはそのまま土手を下りて水際まで進む。クレオンとハイモンは土手の階段に腰かける。

第一場が始まる。ここからは川べりに立つ二人の後ろ姿が小さく見えるだけ。声はまったく聞こえない。少し風があるらしく、二人の衣装がはためいている。周りの草むらから虫の声。大木が向こう岸から拡声器で指示を飛ばす。現実感がだんだんなくなってくる。ここが古代のギリシャであってもいいような気分になる。

半分眠ったような状態で見ていたら、雲雀氏と吉本さんがくるりと振り向いて、こちらに向かって歩き始めた。そのまま今度は逆方向に橋を渡り切って、第一場は終了。

あずまやの場所まで戻ると、県の職員とおぼしき半袖シャツの男が煙草を吹かしつつ、大木と話していた。なんとこのあずまやの周辺一帯、セシウムの濃度がけっこう高いらしい。「でもそんなこと気にしてられませんからねー」と職員さんは笑っていた。それを聞いてロッソがあわててマスクを取り出した。無駄じゃ無駄じゃ。

 

昼食は県庁の建物の中にある食堂でとることにした。メニューが充実。ロースカツカレー¥650を食べる。カツの肉がかたくて、歯の間に盛大に挟まった。

 

休憩後、第二場の上演場所に移動。駅前の繁華街にある、廃墟めいたビルの屋上。不法ではないかもしれないが無断侵入である。錆びてぼろぼろになった自転車が横倒しになっていて、その自転車からも周りの床からも草が生えている。天空の城ラピュタみたい。粉々に割れた窓ガラス。色がはげた物干し台。

第二場はアンティゴネーとクレオン、そしてイスメネの口論のシーン。やはり三人とも棒立ちで、淡々と台詞をやりとりするだけ。ここも少し風が吹いている。こちらからは目をそらしたまま、アンティゴネーが少しうつむき加減で台詞をつぶやく。なんかきれいと思ってしまった。いかんいかん。アンティゴネーの魔力おそるべし。姉妹がテバイ市民にしょっぴかれるのを見届けたあと、クレオンも屋上をゆっくりと後にする。第二場おわり。

 

第三場はクレオンとハイモンの親子喧嘩のシーン。廃ビルのすぐ近くにある遊歩道のベンチ。両端に二人で離れて腰かける。ベンチの向かい側はラブホテル。ヨーロッパ調のムーディーな街灯が並ぶ。ベンチのすぐ脇には、裸にかろうじて上着をはおっただけみたいな女の子の像が立っている。無駄に色っぽい道具立てで、まったく色っぽくないシーンを演じました。通行人は不審がって見ていくし。なぜこの場所を選んだのか。

 

第四場、アンティゴネーの嘆きのシーンは、ふたたび県庁近くに戻って、大通りに隣接する地下道。アンティゴネーが閉じ込められる岩屋に見立てたわけか。実際なんとなくじめっとしている。リハーサルでは我々もそばで見ていたけど、翌日の本番は雲雀氏ひとりで演じることになる。通りかかった人は気味が悪いだろうと思う。

 

リハーサルがすべて終わった時点で夕方の5時ごろだったろうか。もう薄暗くなりかけていた気がする。とにかく疲れた。これで宿に帰って一休みできるかと思っていたら、大木が山に行くと言いだした。(長くなったので後半につづく)